前の支所でよく解説をさせてもらった、他の教会の人だった。
◇ ◇ ◇
「どうしたのかなぁ」とやや心配の気持ちで迎えたが、結構元気で安心した。寮も見てもらって、仕事の話もして盛り上がった。
★ ★ ★
帰り際に「先生が案外お元気そうなので安心しました」と言われて驚いた。
相手の用事じゃなくて、私を心配してきてくれたのだった。
どうも、転勤の辞令の後に電話をした時の私の声が沈んでいたそうなのだ。今の私には全く心当たりはないが、そうなっていたのかもしれない。
しかしいい気なものである。
相手がこちらを心配してきてくれているのに「この人はどうしたんだろう?」なんて思うなんて。
△ △ △
いつも自分が心配する側にいると思っているのであろう。
周りの人は心配してくれているのに。
そんな心を分からずに生活しているのである。
寮生たちの心も掴めずにそうなっているのかもしれない。
そう思うと、神様にはずっと見守られていることを忘れずに生活をせねばと改めて思ったことである。
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